振り返れば前回の「駅からハイキング」は昨年のことだった!月日の流れの早いこと。
暖かな天皇誕生日には船橋へ出かけた。

最近、早咲きの色鮮やかな桜が増えたような気がする。これはなんという桜かしら…御蔵稲荷神社の隣の小さな公園に咲いていた。
その公園には船橋御殿跡の説明があり、この辺り一帯が御殿だったという。

船橋御殿跡(本町4丁目)
ここは海老川の西岸、船橋御殿があったところで、標高は約3mの砂州上です。御殿は江戸時代の初め、徳川家康の命により作られました。それ以前は戦国時代の船橋大神宮宮司である富氏の居館があったと伝えられ、地政学的には海と陸を制する重要地である海老川河口に位置しています。この頃、船橋・千葉・東金をほぼ一直線に結ぶ御成街道(東金街道)が幕府により作られました (1613年頃)。 御成街道は船橋御殿,千葉御茶屋御殿(千葉市)・東金御殿(東金市)を最も短距離で結ぶための道でした。三つの御殿は北総の要所となるところに作られ、将軍が鷹狩りや地方巡検時の宿泊・休憩用に使いました。また御殿は中世の城と同じように防御用の土塁や堀があり、軍事的な拠点の役目もありました。御殿には初代将軍家康, 二代目秀忠が宿泊した記録も残ります。貞享年中(1684~1688年)に取り壊されましたが、船橋御殿を描いた絵図が残っているので、面積が約57,000㎡もあり、今の東京ドームよりも広かったことがわかります。市指定史跡の東照宮がある場所は家康たちが利用した御殿の建物があったところで、富氏が家康を祀るために建立しました。
平成29年3月船橋市教育委員会
次に船橋大神宮に向かった。

徳川家康との由来も深い、船橋市民に愛されている神社です。正式名を「意富比神社(おおひじんじゃ)といい、1900年以上の歴史を持つ古社で、境内にある燈明台は木造建築で高さが12mほどあり、船橋のシンボルの一つとなっています。
え?燈明台?見落とした!ネットで画像を見ると、九段坂の燈台のようだ。今では、どうしてこんなところにと思うが、どちらもかつては海が近く見晴らしもよく、船を導いていたのだろう。
次に、飛ノ台史跡公園博物館に行った。
はるか昔、縄文時代の人が住んでいた場所にできた博物館。市内で初めて国史跡に指定された取掛西貝塚の出土品が展示されているほか、縄文時代早期の遺跡「飛ノ台貝塚」の史跡なども展示されています。博物館の隣には芝生の公園「史跡公園」があり、発掘されたその場所に発掘調査の様子をレプリカにして屋外展示しています。
館内にはたくさんの土器や剝ぎ取った貝塚が展示されていて、興味深かった。男女2体が抱き合うように埋葬されていたり、犬が丁寧に埋葬されていたりした跡もあるそうだ。豊かな縄文時代が船橋にあったということだ。

次は農産物直売所「ふなっこ畑」に立ち寄った。地場の新鮮野菜をちょこっと買った。地図で見るとこの直売所は円を描く道路の真ん中にある。不思議なこの円形は昔この場所に海軍の無線基地があった名残だそうだ。世界トップクラスの無線基地で、真珠湾攻撃の暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」を送信した場所だという。
この辺りでちょっと横道にそれ、副業に(笑)
https://pictree.greenwaygrid.global/
ゲームのやり方はよくわかっていないのだが、指定された電柱の写真を撮って送るとポイントが稼げるのだ。7,8本の電柱を制覇して「駅からハイキング」のコースに戻った。
次に訪れたのは印内八坂神社だ。

印内八坂神社は、享保18年(1733年)、周辺の村々で疫病が大流行したとき、光明寺の住職が牛頭天王(素戔嗚尊と同一視された神仏習合の神)を祭神とする京都の八坂神社の分霊を勧請して寺の隣に祀ったのが始まりと伝えられています。
ハイキングの最後はイチゴ農園で、お土産を買って帰れるかと楽しみにしていたが、あいにく休みだった。ビニールハウスの隙間からよだれを垂らしながら写真を撮った。

船橋の歴史と都市型農業をおおいに学び、最後は西船橋駅にゴール!
春一番が畑の土を巻き上げ、耳の中までじゃりじゃりになったけれど、暖かくて気持ちの良いお散歩だった。

11.9Km